雀よりも価値がある

新約聖書ルカによる福音書』第12章
(聖書には,日本聖書協会「新共同訳」「口語訳」など各種の翻訳がある)


年末年始,様々に飛び交うニュースを聴いては,不安や恐ればかりを大きくさせてしまったというようなことはないだろうか。
小泉政権下で構造改革の先頭に立った先の経済財政政策担当大臣が,勉強法について本を書いているというのは,実に今の世の中を象徴しているように思う。
「あなたは,ただいるだけでは何の価値もない。価値があるというのなら,その機能を示せ。その機能を示せなければ,勉強せよ。」
そういう声が迫ってくるような気がする。
誤解しないでほしいが,日本の人口構成や経済社会構造の動向,とりわけ世代間格差や地域社会崩壊などの現状を考えれば,構造改革は必須だと思う。人口減少社会の中で,年金や医療などの社会保障を含めてどのような世代間関係を構築するのか。たんに行政だけを媒介とするのではなく,身近な地域社会等のコミュニティを媒介とした世代間関係の構築が喫緊の課題なのはまちがいないことだ。そして,そのような具体的な問題の解決のためには,必死に勉強しなければならないだろう。
しかし,そういうことを言う前に,確認しておいてよいことがあるのではないだろうか。

「五羽の雀は2アサリオンで売られているではないか。しかしその一羽ですらも,神の御前で忘れられ果てているものはない。むしろ,あなたたちの頭の毛までも,すべて数えられている。
[もう]恐れるな。あなたたちは多くの雀よりも優れたものなのだ。」(ルカによる福音書12章6,7節。引用は岩波書店版の『新約聖書II ルカ文書』の「ルカによる福音書」(佐藤研訳)から。)

これは,イエスが多数の群衆に囲まれながら弟子たちに語った言葉である。
訳注によると,アサリオンとは,労働者の一日の平均賃金(1デナリオン)の18分の1。かりに一日の賃金を10,000円とすると,2アサリオン=1112円,雀1羽あたり222円である。
日本を例としたために,あまり安く見えないが,例えばインドでは,一日の賃金が20ルピー(60円)にも届かない貧困労働者が多数いるという。こちらの数値で計算すると,2アサリオン=6.67円。雀一羽あたり1.3円となる。
雀は,価値なしとみなされるものの代表例として,取り上げられている。
価値のないようにみえる雀でさえ神は覚えている,あなたたちはなおさらではないか,そういうことをイエスは言おうとしているのだろう。
人間と雀の間に格差を設けるなんておかしい,というのは,やや的はずれな批評だ。
肝心なのは,「あなたたち」一人一人が価値ある存在であるということ。
私たちの社会において,ひどく不安感や焦燥感が高まっているのは,このことが忘れられかけているからではないか。
何かをしなければ,価値がない。この感覚が,存在の土台を蝕んでいるように思う。
ひどく,甘いことを言っていると思われるかもしれないが,でも,どんな人にも価値があるというこの大前提の信念なくして,この日記でも紹介してきたペシャワール会中村哲氏(08年8月26日,28日)や,この年末年始にニュースとなった「年越し派遣村」の責任者・湯浅誠氏(08年12月25日)のような活動はありえるのだろうか,と思う。

この年もますます「不安を感じよ」「恐れを抱け」というメッセージが世の中に満ちあふれることだろう。そして,そういうメッセージを伝える人々はあわせて「我が大樹に寄りかかれ」ということだろう。朽ちかけた木であるかもしれないのに。
三者からはどんなに小さそうなみえる不安でも,本人にとっては大きな不安だ。だからこそ,「恐れるな」という声に耳を傾けることが大切だと思う。

今年も,どうかよろしくお願いします。