人文社会系の適正な規模とは

 人文社会系の学部の廃止・転換に関する文科省の通知についてどのように考えたらよいのか。この問題を考えるための基本的な事実を確認しておきたい。

 文科省の通知とは以下のとおりである。
「人文社会科学系学部・大学院については、18歳人口の減少や人材需要、教育研究水準の確保、国立大学としての役割等を踏まえた組織見直し計画を策定し、組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう努めることとする。」

 この通知に関して思うことは、6月21日に書いたとおりだ。そこでは「縮小」は「あり」ではないかと書いたが、その理由ははっきり述べなかった。
 ここでその理由を述べるならば、拡大路線の見直しが必要ではないか、ということだ。学生数が増えたのに、教員数は増えてない。だったら、教育力の実態に見合った形に転換するというのが合理的ではないか、ということだ。以下では、日本の大学の実態がどうなのか、簡単にみておきたい。
 まずは学生数の観点から。大学院重点化により、日本の大学でも大学院生数が増えた。その経緯を、以前、学内広報誌(Crossover No.36, 2014年9月)に書いたので、それを引用しておこう。

「1988年、大学審議会は「大学院制度の弾力化について」を答申しました。答申は「各大学院が、特色を十分に発揮した多様な教育研究を実施し得る途を開くため、大学院制度を多岐にわたって弾力化する」ことを提言し、具体的には「大学等の研究者以外の高度の専門的能力を有する人材の養成を博士課程の目的とすることができる」としました。さらに1991年の答申「大学院の整備充実について」は、国際的に比較して極めて小規模な大学院を量的に充実させる必要性を唱え、同年の「大学院の量的整備について」は、2000年までに大学院生数を「現在の規模の2倍程度に拡大することが必要であること」を提言しました。
 こうして大学院の拡充が進められました。地球社会統合科学府の前身の比較社会文化学府のように、教養教育を実施してきた組織(教養部)をもとに大学院を新しく創設するケースもあれば、学部定員を大学院定員に振り替えて、これまでの大学院を量的に拡大するというケースもありました。こうした取り組みを「大学院重点化」とよび、2000年までに主要9大学の全部局で「大学院重点化」が完了します。
 その結果、学生数はどのように推移したのでしょうか。学校基本調査によると、1991年の大学院生数は、修士68,739人、博士29,911人、合計98,650人。2000年は修士142,830人、博士62,481人、合計205,311人。このように、大学院拡充政策は、学生数2倍以上の拡大を成し遂げたのです。」

 このように90年代に大学院生数が大きくふえたが、2000年代に入ると、学部生と大学院生を合わせた学生数にあまり変化はなく、ほぼ横ばいである。
 他方、教員数はどうか。文科省の「国立大学法人の教員数調査」(平成24年)によると、国立大学の全体の教員数は増えている(平成19年60991人→平成23年62702人)。しかしそれは、教育組織ではない他の組織で働く人が増えたためであり、学部・大学院を合わせた常勤・非常勤教員は減っている(法人化初年度の平成16年度は73962人→平成24年度は71019人)。国立大学法人化が何のために実施されたのかがよくわかる数字だ。
 おおまかに捉えると、日本の大学(国立大学)では、90年代に学生数を増やし、2000年代に入って教員数を減らしているということだ。このような状況で教育の質を改善するためには、学生数を減らすか、教員数を増やすか、いずれかの施策が考えられる。教員数の増加が難しいとすれば、学生数を減らすという選択肢を考慮せざるをえない。これが、縮小は「あり」と考えた理由である。
 しかし、そこでは、それが本当に正しい政策なのかどうかを検討することが必要だとする留保をつけた。そもそも「正しい政策」とは何かという根本的な問題もあるが、その点はあまり深入りせず、検討するための材料として、いくつか大学に関する事実の確認をしていこう。

 日本の国立大学では、設置基準上必要とされる教員数を上回る教員数が配置されている。上でも引用した資料によれば、「分野別に教員配置の状況をみると、教員数では工学関係や医学関係が多いが、設置基準上の必要教員数 と教員数の対比(表4 対比1)では文学関係が約4.7倍と最も大きく、次いで理学関係の約3.7倍と続 いており、いずれの分野においても必要教員数を上回っている。兼担教員を除く専任教員数との対比(表4 対比2)では、文学関係が約2.1倍、次いで理学関係の約 1.7倍と続いている。また、常勤・非常勤教員数ベース(表4 対比3)でみても、文学関係が約3.7倍と最 も大きく、過大な教員配置をしている分野がみられる」という。
 この指摘に基づけば、課題な教員配置をしている文学関係を縮小するのは、「正しい政策」のように思われる。
 しかし、この数字には注意が必要だ。そもそも日本の国立大学では理系に定員が多くが割かれているからだ。それぞれの学部における設置基準上の必要教員と実際の教員数の比率を問題にするのならば、それと同時に、学部ごとの定員がそもそも理にかなっているのかどうか、それを考えなければならないはずだ。
 ところで、どの学部にどの程度の定員が必要なのかという問いは簡単に答えを出すことのできない問題である。ここでは、検討のための一つの指標として、各国の専攻分野ごとの学生比率をとりあげてみよう。それぞれの国は産業構造も違えば、大学が形成された歴史も異なり、例えばヨーロッパ諸国の数値が「正しい割合」を示しているなどとはいえない。だが、このような比較を通じて、日本の大学の人材養成の特色をつかむことはできるだろう。
 「教育指標の国際比較」(平成25年)によれば、各国における「高等教育在学者の専攻分野別構成」(学部・短大段階)の学生比は以下のとおりである。

       日本  英国   仏     独     韓国
 人文・芸術 17.2  20.4  31.8   19.8   10.2
 法経等   32.2  26.6  27.1   30.8   28.3
 理学     3.0  19.6        17.0
 工学    15.3   9.1  16.5   19.2   38.2
 農学     2.8   1.2        1.9
 医歯薬保険 10.9   13.9  7.8     6.1   6.5
 教育     8.4   4.1   m     3.4   4.6
 家政     3.5   m   m    0.4     a
(*仏と韓国は、理学、工学、農学を足した数)
(mは計数不明、aは制度が存在しない)

 このようにみると、日本の人文社会系の規模は、ヨーロッパと大差ないようにみえる。
 しかし、日本の場合は国公私立を合わせた数であることに注意が必要だ。日本の大学の事情に詳しい天野郁夫氏によれば、日本の国立大学入学者の分野別割合をみると、人文系は6%、社会系は15%、教育系は16%。人社系で21%。教育系を合わせても37% だという(天野郁夫「国立大学と文系学部」『IDE 現代の高等教育』2015年11月)。

 皆さんは、日本の大学における人社系の規模についてどう感じるだろうか。大きすぎると思うだろうか、それとも小さいと思うだろうか。また、どの程度ならば適正な規模だと考えられるだろうか。この問いは、各人の価値観が反映する正解の出ない問いだが、考えるに値する問題だと思う。学問の意義を考えるための手がかりになる問題だと思うからだ。次回も、もう少し事実に関する数字をみていきたい。